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南三陸町 戸倉

こんばんわ。
今さっき、南三陸町、戸倉の「自然の家」避難所から帰ってきました。

5日間の滞在中、看護師としての活動だけでなく、同敷地内にある仮設住宅に住むちびっ子軍団と一緒に遊んだり、毎食の炊事を担当している女性陣のお手伝いをするなどしました。

大家族の様で、「皆で力を合わせて生きている」という空気を直に感じました。
その反面、個々の生活を保持する難しさは、皆が感じているであろうことも、聞かなくとも、見てとれました。

多くの母親はその家庭の家事をこなし、仕事へ行き、それらの合間に避難所の炊事のお手伝いをしています。

昨日の夜、たまたま避難している家族のうちの1つの母親と2人きりになる機会がありました。
旦那さんと、2人の子供さんと一緒に避難所で暮らされています。
それまで炊事場で会う時の挨拶と必要最低限な会話以外、特にお話をする機会はありませんでした。


彼女は、あの日のこと、その後のことを話してくれました。


高台に逃げたとき、誰とも連絡がとれず、子供は2人とも死んだと思ったこと、

津波後も潮位の変動が激しい海面を慎重に確認して、後ろを振り向かずに、一目散に避難所に向かって走ったこと、

死んだかと思っていた長男が、パンツ一丁で泳いで土が盛られているところにたどり着いているのを見つけたときのこと、

自分の妹が亡くなったこと、

ボランティア団体がトイレ、お風呂などを作ってくれたこと、

シャワーの水が冷たくなったのを知らせたら、雪の降る中、ボランティアが一生懸命外でボイラーを直してくれたこと、

他にも沢山話してくれました。

彼女が体験したこと、今も経験していることは全て現実で、なかったことにしてしまうことはできません。
私達が代わりになってあげることもできません。

彼らがまた一定の生活を取り戻すまではもちろん、その後も、
被災しなかった者は、このような体験をした方が大勢いるのだということを忘れずに生きていかなくてはならないのだと思います。


南三陸町にある戸倉は漁業の盛んなところで、とくに、ホタテ、ほやの養殖が有名です。
ほやはタネをつけてから2年後に収穫だそうです。
今は種付けの準備をはじめているとのこと。

2年後、そのほやを食べに南三陸に来ますと言って別れてきました。


被災地はまだまだパワーが必要です。
みんなで思いを送り続けましょう

てるx2
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