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被災地に咲く花

みなさんこんにちは。
ジャパンハート医師の
石田健太郎といいます。

今回は大抜擢を受けて
震災被災者支援の先遣隊隊長を
任命され、動いていました。

やっていたことは孤立した
避難所の探索や、実際に
避難所に入っての医療活動です。

ちなみに入っていた避難所は
大須という雄勝半島先端の、
小学校の避難所でしたが、
現地の方の話を伺ったところ、
そこは本州で最もアメリカに近い場所
ということでした。

さて、そんな石田が被災地で
活動する中で感じたことなんかを
このブログを読んでくださっている
たくさんの方々と共有したいので
僭越ながら報告を綴らせていただきます。

今回は被災地で出会った子ども達の話です。

自分が数日間入っていた大須小学校は
原発のある女川の少し北に位置した
雄勝半島という小さな漁村にあります。

そこは元々のアクセスが必ずしも良いわけではなく
いざ被災してみると道が全て津波と土砂崩れにより
塞がれてしまったため「陸の孤島」になってしまいました。

ジャパンハートがやっと進入できたのは
地震の日からちょうど10日目でした。

日赤と自衛隊ですら数日前にやっと入れたというその町は、
海沿いは全て瓦礫で埋まり、まさに廃墟と化していました。

辺りを見渡すとビルの屋上に
大型の観光バスが乗っていたり、
海に家が沈んでいたり、
車が建物に突き刺さっていたりと
災害の凄まじい暴力性をはっきりと
訪問者に示してきます。

そんな瓦礫の道を進むこと30分。
大須小学校は海沿いの小高い場所に
津波の被害を受けることなく立っていました。

早速中に入ってみると、避難者の方々が
せわしなく動いています。

そこの責任者の校長先生にお会いし、
お話をさせていただいたところ、
是非にもということでその日から
自分が常駐することとなりました。

多くの老人を抱えたこの避難所では
震災以来医療が不足していることに
頭を悩ませていたということです。

そこに偶然にもジャパンハートからの
申し出があり、本当に安心しました
と言っていただけました。

その日の午後の会議で正式にジャパンハートの
支援が決定し、翌日から本格的な診療が始まりました。
常駐する医者が来たと聞いて、100人の被災者の方が
保健室の前に列を作ってくださいました。

そのほとんどは緊急性の無い患者さんでしたが、
長い避難所生活の中で少しずつ体調を壊しており、
みんな不安だったろうなぁと思いを巡らせます。

さて、夕方にはあらかたの診察が終わり、
皆さんの寝床になっている教室を回診。
そんな中で一つ、違う雰囲気の部屋を見つけました。

中から元気な声が聞こえるその部屋は
なんと保育所でした。

避難してきた数人の保育士さん達が
避難所作業を続けている親の代わりに
日中子どもの面倒を見ていてくれるための部屋です。

そこには残酷な大災害の後にも関わらず、
おおはしゃぎで遊ぶ子ども達の姿がありました。

「おじさんだれー?」
「昨日からいる医者だよ」
「おじさんなんさいなのー?」
「12さいだよ。大人だろ?」

子ども相手に簡単な嘘をついて遊んでいると
その後数十回"たかいたかい"をさせられる羽目になりました。

しかし地震と津波の最中は本当に恐かっただろうけど、
そんな子ども達が今目の前で元気でいてくれている。
これはどんなに大人達を勇気づけることでしょう?

彼らがPTSDなどに苦しまないように
今後も長期的な関わりが必要です。
将来のびのび成長していける
環境を用意していかなくては。

支援が必要なのは決して直後だけではありません。

被災地の子ども 縮小版
大須小学校内の保育所で遊ぶ子ども達
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Author:ジャパンハート
ジャパンハートの東日本大震災の救援医療活動の報告。
日々、リアルタイムで報告します。

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