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南三陸町志津川

宮城からです。

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被災地に入り3日目です。
東京からは山形を経由し仙台に入りました。ここまでたどり着くのにたくさんの方に助けて頂きました。自ら被災しているにもかかわらず、惜しみなく私たちに愛情を注いでくださり、本当に感謝感謝の日々です。皆様本当にありがとうございます。本当に東北は人情深く温かい。皆様に支えられて、こうして活動できているのだと実感しています。
皆様にお手伝いいただき、今日は宮城県南三陸町志津川に入ることができました。。仙台からの道は沿岸部に行くにしたがい、倒壊している建物や道路の亀裂・陥没が目立ちました。ガソリンスタンドには長蛇の列で渋滞です。毎日朝から晩まで並んだとしてもガソリンは手に入らず、何日も車で並んでいるようです。半分以上のガソリンスタンドは営業休止しています。救援に行くにしてもやっとの思いでガソリンを手に入れての道中です。
志津川地区は周囲の土地より一段低い窪地のようなところです。志津川の入り口の坂を下ると景色が一変しました。何もない。平坦なのです。愕然として言葉が出ませんでした。まるで戦後の焼け野原です。志津川地区は入口から海までかなりの距離があります。入口から海は見えません。それなのに船が横倒しに道路にあったり、家は崩壊しがれきの山です。がれき・車・船などありとあらゆるもの一緒になって積み重なっています。高い建物は枠組みの鉄骨だけが残っていたり、5階くらいの建物の上に車が乗ってしまっていました。住民の方々が木の枝を持ち何かを必死に探している姿がおおくみられました。自衛隊や消防、警察ががれきの中に入り捜索をしていました。
私たちは避難所に向かいました。志津川の避難所は10数箇所あります。ドクターが常駐している箇所が4か所。他は看護師のみの常駐です。その本部となるのがベイサイドアリーナという建物です。そこで志津川病院の西澤先生をはじめとするスタッフが懸命に診療を続けていました。私たちは西澤先生に協力すべく、そこから少し離れた戸倉地区で医師2名、看護師5名が常駐し診療を開始しました。戸倉地区はまだ電気がなく、道路は寸断され、本部からは山道を入って2時間の場所です。
多くの住民が家をなくし、十分な暖も取れず避難所で生活しています。少しでも皆さんの力になれるよう精一杯活動していきたいと思います。頑張ります。
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