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東日本大震災復興支援より4年~今とこれから~

2011年3月11日の震災より、4年が経ちました。

ジャパンハートの東日本大震災復興支援事業は、
震災後より支援を継続しており、この支援のかたちも少しずつかわり続けています。

震災直後....
5つの避難施設を拠点に、巡回診療、医療物資の運搬、心のケアを実施。
同年12月....
宮城県石巻市にてジャパンハートこども・内科クリニックを開院。休日診療を実施。

現在は『心のケア』と『医療者の派遣』を継続しています。

4年が経ったいま活動振り返り、地域の方の声を聞き、これからの支援についてを考えてみました。

病院への医療者派遣

医療支援として現在、気仙沼市立本吉病院へ小児科医師・看護師の派遣、unnamed-thumb-400xauto-792.jpgおよび女川町地域医療センターへ看護師の派遣をおこなっています。

病院のスタッフからは、
「震災前に比べるとスタッフの団結力が強くなり、どのスタッフとの話しやすくなった。ジャパンハートはじめ、各地から医療者の出入りが生まれて、風通しが良くなったからだと思う。ジャパンハートの看護師さんは皆とても優しく、有り難いです」
との声も。

震災から4年目を迎え、被災地では建物などのインフラ整備がすすんでいる。その一方で、復興住宅・仮設住宅で暮らす高齢者世帯は多く、従来支え合っていたコミュニティーが震災により失われてしまったこともあり、今後の高齢者の生活支援が課題。

また、阪神淡路大震災では震災後3年目以降から心理的に落ち着かない子ども達が目立ち始めたと言われている。東北でも同じ状況があるように感じており、病院としてこうした高齢者・子ども達へ向けた保健事業も担っていきたい思いはあるものの、なかなか手が回らないのが現状と言われている。

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心のケア

月1回の気仙沼地域の幼稚園・保育所訪問、小児科医師による仮設住宅での子ども健康相談、幼稚園での未就学児育児相談を、気仙沼地域のJEMDRA-HAPの臨床心理士とともに続けています。

震災当時1歳だった子ども達が、年長へと成長していく過程を見つめながら、訪問先保育所の所長は話します。
「ここの保育所では子ども50名のうち、約30世帯が仮設住宅かみなし住宅で生活している家庭です。復興住宅へ皆さんが移られるのにも、まだ2~3年はかかると思います。」

震災により職を失い、いまもなお定職につけていない家庭も多い。仮設での生活によるストレスや家族間の不和などの家庭環境も伴って、子育てに不安のある両親が多いとみている。

幼稚園の先生からは、
「来年度の3歳児は震災の年にお母さんのお腹にいた子ども達なので、1歳、2歳の頃は自由に遊べるスペースが限られていただろうし、母親も十分な関わりができているか分からない。その分、園でもお母さんとの連帯を強固にしていきたいと思っています。」
と震災による影響の心配と、それに立ち向かう思いを語る。

CIMG2942.jpg

ジャパンハートの東日本大震災復興支援の『これから』

震災より4年が過ぎてもなお、仮設住宅で生活をされている家庭は人口の1割を占めていると言われています。
また、旧気仙沼医療圏における医療機関の復旧は76.8%に留まっている。
もともと医療過疎地であったこと、また震災をきっかけに人が市外へ流出していることなどから、医療者が集まりずらく、医療機関の復旧は困難をきわめている。

私達にできること、それはニーズがある限り、医療者の派遣と心のケア支援を継続すること、と考えています。
今後は、地域の方々だけでも心のケアを継続していけるような、支援の展開を目指していきます。
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ジャパンハート

Author:ジャパンハート
ジャパンハートの東日本大震災の救援医療活動の報告。
日々、リアルタイムで報告します。

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