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初体験

本吉で、つぶ貝の殻むきをお手伝いしました。
その日の晩御飯の下準備です。
地元の方々にむき方を教えてもらいながらボランティアの皆さんで共同作業。
私たちはみんな初体験で、どこがどうなっているのかもわからず・・・。
見よう見まねで一緒に作業しながらいろいろ教えていただきました。


NEC_0177.jpg

たこ漁をする時にかごを使って捕るのですが、その時に一緒につぶ貝が入るのだそうです。
それをみんなで分けていたとお聞きしました。

大きなつぶ貝がたくさんで、中には「毛つぶ」と言われる名の通り毛が生えているつぶ貝を発見!!これは辛いので食べないそうです。そういうのも見分けながらの作業。
みんなトンカチを持って黙々と作業しています。


NEC_0179.jpg




全部殻をむき終えたら、次は洗う作業へ。
いろんなごみや殻がたくさん付いているので重要な作業です。
キレイに洗った後は、特別に試食☆
刺身でそのままむきたてのつぶ貝をいただきました。
本当に美味しくてびっくり!!


私はこの後仙台へ戻ったのですが、この日の晩御飯は刺身にしたり煮たりといろいろなつぶ料理に変身したそうです。



たくさんのつぶに混ざって、ヤドカリがいました。
つぶ貝に宿を借りていたのですね。

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ちょっと体に対して貝が大きいようにも思えましたが、そこもまた愛嬌があって可愛らしかったです。


すずき




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第二ステージの幕開け

おばーちゃんと

緊急医療支援活動の第一ステージを終え、いよいよ第二ステージにはいった!!
準備期間が長かった~~。すみません。。

第二ステージの目標は、「将来の復興を担う子どもたちのこころとからだを健全に育成する」ということだ。今は気仙沼の幼稚園を中心に子どもたちのカウンセリングと、幼稚園教諭や父兄を対象にセミナー活動を実施している。このあと、幼稚園が夏休みに入るため、共働きが多い保育園にも行ってみようと思う。

そして今スタートさせようと思っているのは、仮設住宅の巡回看護。
これもまずは、第一ステージで医療支援をしていた南三陸から開始していく。今後はうまくいけば気仙沼から石巻までカバーすることができるだろう。

地元の方々から要望が上がっている。地元病院は再開しているが実際にはまだうまく回転できていないのが現状でもある。被災地の自立の妨げにはならないように気を付け、極力現場に寄り添う。

「赤いちゃんちゃんこを見ると安心するよ!!」
ジャパンハートの夏用ベストをみた現地の方の声。ちゃんちゃんこじゃないんだけどなー。まあいいや。

一歩ずつ、一歩ずつ、足並みそろえて。ナース彩未

小さな幸せ


連日続いた猛暑から、久しぶりに雨が降りました。
からからになっていた地面がいい感じに湿り土も気持ち良さそうでした。


ドライバーとしてボランティアさんをお迎えに行くと、いつもほっこりとした気持ちになる瞬間があります。

それは、避難所や対策本部の方々が私たちをお見送りしてくれる時です。
そこにいる皆さんが今している作業や会話をやめてみんな駐車場に出てきて下さいます。

中には、外出していたのに帰る時間を見計らって戻ってきて下さる方もいます。

「よかった~間に合った!!」

なんて言葉を聞くと、ボランティアさんを見送りに来てるのに私が嬉しくなっちゃいます。


決まって私は、「また○○日に来ます!!」と言い、
みなさんに、「あいよ~。またね~。」と言われ、

皆さんに見守られながら、毎回大きく手を振って仙台に戻ります。


ほんの些細なことかもしれませんが、私にとってはとても幸せな瞬間です。





最近虫や蝉が鳴き始めましたね。

この前バッタがいたんです。
そしてそのバッタは、宮城県民は「スイッチョン」と呼ぶ種類のバッタでした。
・・・がそこにいた佐賀県民の方には通じませんでした。

私にとって衝撃の瞬間。
その時まで「スイッチョン」は全国共通な呼び方だと思っていたので・・・。

色んな県の方とお話しすることで知ることもたくさんありますね。







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先日戸倉でやっていた凧揚げのイベントであげられた日の丸の凧

青空に大きく羽ばたいていましたよ。


すずき

仮設 de nail

戸倉 de nail


今日は、避難所からすぐの仮設に住む人たちと話をする機会があった。活動とは直性関係ないが、個人的な趣味で話がてらついでにネイルも。

初めて出会ったひとの手に触れ、爪を塗る。そこにはふれあいが生れる。
初めてあったはずなのに、そんな気がしなくなる。

ネイルにはそんな不思議なパワーがあると思って、ネイリストになろうと思った。

それがこんなところで役立つとは思ってもいなかった。


「きれい!嬉しい!ありがとう!」と言ってくれた。女性はきれいになることで悪い気はしない。

そこには会話があり、笑顔があり、喜びがあった。
私ができること。医療じゃなくてもいい。大きくなくてもいい。


~現地のひとたちのこころに目を向けること~

震災以来約4ヵ月間、ジャパンハートがしてきた活動は全てそこに集約されている。


この仮設に住めるのはひとまず2年と決められている。その後のことは一切何も決まっていない。別の仮設に移るのか?どこかのアパートを借りるのか?どこかに家を建てる?

被災地の方たちの戦いはまだまだ続く・・・。
ナース彩未

子どものこころの支援

 
ジャパンハート小児科医の吉岡春菜です。

宮城県は7月11日に梅雨明けし、本格的な夏到来です。
石巻市では津波の後の悪臭とハエの被害がひどく、暑い中マスクをして過ごされています。

今回は石巻市河北・雄勝・北上ブロックでの乳幼児健診のこころの相談への参加、
気仙沼地区で新たな幼稚園への介入を行いました。

今回の乳幼児健診は1歳半前後の子どもが対象でした。
健診には兵庫県、鳥取県からきた応援の保健師さんや東北大学からの協力体制もあり、
とても丁寧な対応で実施されています。

まず気になったのが

ミルクに関する栄養の問題

スエーデンをはじめ各国から送られてきた高カロリーの液体ミルク。
これが乳児のいる家庭に大量に支給され、震災後は助かったそうです。
しかし、震災から4か月が経過した今でも

「もったいないから」

という理由で、2歳前後の子どもに哺乳瓶で液体ミルクを与えている家庭もあり、
離乳食がすすまないことや哺乳瓶を卒業できず虫歯が増えるという問題が出てきています。
お母さんが外国籍である場合も多く、個別訪問を丁寧に繰り返しながら対応しておられます。
東北の保健師さんの関わりは子どもたちと母親にとって、大変心強いものだと感じました。

震災の影響が乳幼児の精神にも出ているのだろうか?
お母さんたちの相談開始。

出来事の大きさにかかわらず、子どもたちは周囲の大人の声色や表情、身体の硬さ具合など様々な要素を感じ取って出来事に対する不安や恐怖感をリンクさせているのだと思います。震災以後、直接被害がなくとも、転居や同居など様々な負荷が家族に加わり、安定していないお母さんの子どもはたとえ乳幼児であってもしっかりとそれを感じ、心身に影響が出てきています。震災以後、体重の増えが悪い、寝つきが浅い、後追いがストレスになる・・・。
どんな対応が必要で継続可能なのだろう。

新しい幼稚園への介入は父母会でのお話しとお母さんが子どものためにできるリラクゼーション法を実施。
この幼稚園は山林地帯にあり、直接被害はなかった地域ですが、自宅や大切なものをなくして転園してきた子どもたちが混在しており、ひとりずつ丁寧なかかわりが求められています。

ゆっくりとではありますが相談して下さる幼稚園の先生、お母さんが増えてきています。

信頼して下さる皆さんに寄り添い、

未来の灯りを一緒に燈して微笑みがこぼれる日が訪れますように。



みんなのこころ

とうとう、1ヶ月ちょっとにわたった私の宮城での活動が終わりました。
事務所での事務的なお手伝い以外にも、避難所での活動もさせていただくことができました。

毎日2食の炊き出し、
草刈り、
ひまわりの種まき、
仮設のお風呂へドライブ、
地域の災害対策本部のミーティングへの出席、
夜遅くまでの座談会、

全て、避難所に住む方、あるいはその地域で被災された方々と共にさせていただきました。
私の経験したことは、ここに文章であらわすことのできない、「何か」を私に教えてくれました。

長びく避難所生活、めどの立たない仮設住宅の建設などの問題は、以前は平和に仲良く暮らしていたはずの地域の人々の間に否応なしに亀裂をいれています。
でも、やっぱり、みんなのこころはちゃんとつながっているはず!!



気仙沼 本吉の清涼院の最終日の晩、
ご住職宅のディナーに招待していただきました。

ご住職とそのご子息2人(2人ともお坊さん)とそのお友達、とも君(地域災害対策本部の若きホープ!)、佐賀県からの応援職員のたか君などなど、総勢8名でお寺のダイニングキッチンでのディナーでした!!

私はといえば、紅一点の状況をものともせずに、“気仙沼復興Boys talk”に遅くまで混ざらせていただきました。

気仙沼のとれたて新鮮のカツオのお刺身をわざわざ用意してくださった、住職。
あんなに新鮮なカツオのお刺身を食べたのは人生で初めてでした。
ありがとうございます。


最後に、
この一ヶ月間に出会った全ての人にありがとう。
私を迎えてくれた宮城県にありがとう。
一ヶ月間の間の休暇中にお世話になった、仙台のおじさん&おばさん、ありがとう。

これからもみんなのこころと繋がっていたいと思います。

写真は神奈川へ帰る前日に親戚宅からドライブで行った、
仙台市太白区の秋保大滝です。

Water fall


ぱしゃぱしゃ


宮城、大好き


By てるx2


繋がり

最近の宮城は、梅雨らしい湿気と夏の夕立の様な雨がたまに降ります。
夏はもうすぐでしょうか。今は紫陽花がとてもキレイで思わず写真を撮ってしまいました。

2011070813040000[1]

見えないかもしれませんが、写真の真ん中に蝶々がいます。


こういう小さな日常の変化が幸せで、生きる力になることがあります。
それは人それぞれで、感じ方も違います。


先日活動地へ行った時に、出来たての手作り梅ジュースをいただきました。
その日はとても暑くて、梅の酸味がすっきりして美味しかったです。


震災前、お漬物や梅干しなども手作りされていたお母さんは、なぜまた作り始めたかを教えて下さいました。


一度何かを取りに建物の中へ行き、戻って来たお母さんの手にはたくさんの葉書や手紙が。
ジャパンハートで活動されていた方々の名前がたくさんありました。

その中には、活動中にお母さんに教えてもらったお漬物を漬けてみたことや、励ましの言葉、一人一文字ずつ封筒に入っている言葉を組み合わせると感謝の言葉になるという皆で楽しめるものまで様々だったそうです。

とても嬉しそうに話されていたお母さんが、「本当に皆さんのおかげです。だから私もらっきょう漬けたり梅ジュース作ったりしてみようと思ったの。負けてられないものね。」と目に涙を滲ませながら仰っていました。

ボランティア活動を通して築いた繋がりを改めて感じました。
お互い感謝の気持ちで繋がっているということ、それが希望になっていること、
そしてそれを私たちに話して下さったこと、全てが私にとっても嬉しい出来事でした。


すずき

心から

とうとう、最後のブログになりました。
仙台へ来て約2カ月。今日で仙台を出ます。

3月11日のあの日、自宅のテレビで、黒い濁流が田畑や車をのみ込んでいく姿を、ただただ茫然と見つめるしかできませんでした。あそこに誰も人が残っていないでほしい。みんな無事に逃げていてほしい。ただひたすら、画面の前で祈りました。情報が集まるにつれ、死者や行方不明者の数はどんどん増えていきました。ガソリンスタンドの前には長蛇の列。何日も並んだ車の中で亡くなった方もいました。原発事故を受けて、子どものように大切に育ててきた野菜や家畜を諦めるしかない農家や酪農家の方がたくさんいました。

すぐに被災地に行って何かしたい。現地の混乱の中ですぐに動き出せない悔しさを感じていた中、

4月にはジャパンハート医療ボランティアとして石巻市の大須小学校で活動することができ、5月からは仙台オフィスに常駐となりました。

仙台へ来てからの2ヶ月間、いろんな場所へ行き、いろんな方と出会いました。
いま、出会った全ての人たちに、心から感謝の気持ちでいっぱいです。

被災地には、自らも被災者でありながら、自分のためでなく人のために悩む人の姿がありました。自分たちのことよりボランティアを気遣うみなさんがいました。本当にありがとうございました。
来週にはミャンマーへ行きます。遠く離れても時間がたっても、3月11日のあの光景、みなさんが乗り越えてきた日々、今もがんばり続けている姿、決して忘れません。日本中が、世界中が応援しています。東北で感じたみなさんのパワーを胸に、ミャンマーで精一杯がんばってきます。みなさんとの出会い、みなさんのがんばりを、いろんな形でつなげていきたい。それが今私にできる、みなさんへの恩返しです。

ジャパンハートは引き続き東北での活動を続けていきます!
これからもよろしくお願いします。

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気仙沼市本吉町

ちょくみん

気仙沼 本吉

こんにちは。本吉の清涼院にきています。
到着当日の晩、なんとグットタイミングなことに、近所の「ひかど食堂」にて、再オープンの“ビアガーデンナイトが開催されておりまして、避難されている方々、他のボランティアさん達と共に押しかけてきました。

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開店から3時間たったころに伺ったのですが、大勢のお客さんですでに大賑わい。

海岸線からすぐの少し高台に建つこちらの食堂は、津波で大きな被害をうけました。
このたび、店内の片づけ、店の補修工事が終了したため、晴れて再オープンとなったのです!!
素敵な屋根付きのテラス席もあります。

このテラス、実は、屋根の材料は全て近隣の損壊した家から再利用してきたものだそうです。
テラス席で真向かいに座ったおじいさんの築130年の家の寝室の天井の板がそのまま、テラスの天井として使われています。

「いつもこれを見て寝ていたんだよ。」と教えてくれました。

また、柱には立派な“けやき”の丸太が使われています。
聞くと、沖に見える、地続きになっている小さな島に立っていた、
けやきの大木が岸に流され、それを使ったとのこと。

Beer garden Night!!


近所の方々にはとても思い入れのある、素敵な食堂として再オープンした「ひかど食堂」。
これから、この町、人々の再生を見守ってくれることと思います。

店主のおじさんは、「〆にラーメンを作るぞ!!」と、始めのうちは張り切っていたのですが、
終わりの頃にはお顔はまっかっか。
「今日は酔っ払っちゃったので、ラーメンは作りません!!」と閉店の宣言をしていました。

今度ラーメン食べにいかなくちゃ!!


By てるx2

海と共に・・・

この日、町の集会所では、「大漁唄い込み」の練習が行われました。
漁師さんが大漁を祝い歌い継いできた、地域伝統の歌。
7月に行なわれる山形・仙台での公演に向けた練習会です。

毎年一緒にこの「大漁唄い込み」を歌い続けてきた住民の方々。そこには温かい笑顔と、強い絆がありました。その仲間の中には、今回の震災で亡くなった方や未だ行方不明の方もいます。

何もかもを奪った津波。
それでも、海と共に生きていく。

みんな大きな声で唄を歌い、笑顔で踊っていました。
津波で全て流され新しく作り直した櫂(かい)で床を叩く音は、ズンズンと胸に響きます。
圧倒されるほどの迫力でした。

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長引く避難所生活。6月上旬に予定されていた仮設住宅建設の着工は、未だ予定が立たぬままです。全壊の家、津波の被害を免れた家。避難所生活を続ける人、親戚の家に身を寄せる人。環境が違うために生じる対立。限界を超えた疲労とストレスが、今まで共に力を合わせてきた人々の関係にまで亀裂を生んでいます。それぞれがそれぞれに、日々悩みながら、今を精いっぱい生きています。

地域の持つ力。震災後の3カ月半を乗り越えてきた強さ。復興にかける思い。
そして、今まで築いてきた絆。

必ず、みんなで同じ方向を向き、力を合わせて未来を作り上げていけると信じています。

ちょくみん
プロフィール

ジャパンハート

Author:ジャパンハート
ジャパンハートの東日本大震災の救援医療活動の報告。
日々、リアルタイムで報告します。

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