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現在の状況

看護師として避難所に入っているとはいっても、現在、避難所の中に設けられているジャパンハートブースに訪れる人はまれです。

現時点での避難所常駐ナースとしての役割は、避難生活を送っている方々の健康の維持増進と疾患の早期発見だと考えた私。

色々な場面で皆さんの観察をしています。
大事な情報を逃すまいと、いつもアンテナをビンビンにはっておりました

特に、避難所や仮設住宅に住むおば様達とご飯の準備をしている最中は、格好の情報収集の場です

「お小水が頻回」と言われると、いつからか、水分は十分摂っているか、膀胱炎の既往は?
「旦那の足がむくんでいる」と言われば、高血圧や心臓病、高コレステロール血症の有無、血栓が詰まる病気の既往は?

などなど、それとなぁーく、
一緒にお味噌汁用の大根をいちょう切りにしている時や、翌日用の2升分のお米をといでいる時などに聞き出すわけです。

他には、おかずの味付けをするときにいつもお砂糖を入れて甘口にする習慣のある方には、糖尿病のチェックをうけた事があるかなど、

あくまでも、口うるさくならない程度に聞くんです。

一対一の、「健康診断」のような堅苦しい場でない方が、皆さん気軽に、しかも「本当」のことを教えてくれるような気がします。

こうして情報収集した情報で重要なものは、この地区を担当している他県の保健師さんと共有し、保健師さんがカバーできない時間帯に私達が対応できるよう努力しています。

プルメリア lineplu

先日の午後、避難所内の子供部屋で、避難所に住むひーちゃんと一緒に遊んでいた時のこと。

地震の前触れの、「ゴォーーーッ」という、不気味な地鳴りが始まりました。
ひーちゃんが、こわばった顔で私の元に駆け寄ってきました。
震災後も頻回にある余震には、大人でもとても敏感になっています。

「大丈夫、大丈夫。」と、たまたま近くにあった、おもちゃのおかず入りのお弁当箱を見せ、
「おいしそうなエビフライだねぇ。」と言った私。
ひーちゃんは、おもむろに、スポンジでできたエビフライをわしづかみにして口に入れ、、、

「アム、アム」と食べるフリをしているではありませんかっ、、、(本当に口に入れてかじっていた)

地震に揺られながら、ひーちゃんを抱っこして、もう一人のボランティアさんと一緒に大笑いしてしまいました



簡単に一言で言ってしまってはいけないのはわかっているけれど、

じっくり、丁寧なヘルプさえあれば、この場所、人々は必ずよみがえると思うのです。


By てるx2
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感謝のことば

地元の人たちとの話し合い

本吉の清涼院。インフラや流通の復興に伴い、現場は落ち着いてきている。地元の医療機関も徐々に整備されつつある。

ジャパンハートも3月から開始していた医療活動を、5月末に地元へ引き渡した。
現在は、清涼院からの要望もあって、社会人ボランティアの受け入れをしている。炊き出し要因の派遣だ。
今でもなお続く避難所での生活。プライベートの空間もない。仮設住居が6月末に着工予定だったが、どうやら延びてしまったようだ。まだ開始の見通しもたっていない。
そんな中、炊き出しは続く。1回の食事で約100食分つくる。それを毎日2回繰り返す。

参加者は、医療者であろうが、なかろうが関係ない。「ぜひ現地のために」という人は無条件で受け入れている。
私たちとしては医療者以外の人たちとの交流も貴重である。空いている時間でお互いの経験をシェアしたり、まき割りなどで共に汗を流している。

一方医療者は、3月、4月、5月は勤務の関係で休みをとれなかった人も結構いたようだ。
「医療活動が終わったということはいいことですね。医療でも炊き出しでも現地のためにということは変わらない。なんでもやらしてください」と言ってくれるとこちらも嬉しい気持ちになる。


先日、代表と監事と現場を訪れた際に、清涼院の本部の方々に呼ばれた。
関係者の方々が集まってくださっており、本部長から

「うちが一番お世話になったのは、始めっから最後までジャパンハートさんです。本当に感謝しています。」というお言葉を頂いた。


ここには確かな信頼と絆がある。
清涼院の方々、今まで参加してくれたボランティアさん、そして活動を支える東京・仙台事務局とで共に作り上げてきたものである。
これを大切に。これからも被災地の未来の復興に向けて!!ナース彩未

看護師講演会のご案内 【in大阪・東京】

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梅雨に入り天気が変わりやすいこの時期、みなさん体調崩されていませんか?

さて、今回は看護師講演会のお知らせです。


タイトル
「Welcome to Japan Heart for nurses!!
        ~看護師だからできること~」

演者:看護師 長谷川彩未
2006年よりジャパンハートの長期看護研修に参加
その後、研修生の指導担当者として関わる
2008年よりカンボジア事業を立ち上げる
現在東京事務局にて全事業の統括を担当。
東日本大震災での被災地活動も行っている


「・・・すべては小さな一歩から始まった」

今、国際舞台で活躍するジャパンハート長谷川看護師はそれまでは日本の病院で働く一般的な看護師でした。
そんな彼女が一歩踏みだし広がった世界。
現地のシンプルな生活の中で、自分と向き合い、患者と向き合い見たものとは・・・?
ミャンマーでの臨床医療、カンボジアでのプロジェクトの立ち上げ、東日本大震災の被災地支援まで自身の体験をお話します

“興味はあるけど、自分には遠い世界の話かも・・・?”
と思っている看護師のみなさん、
ぜひ、講演会へお話を聞きにきませんか?

【開催日時・場所】
●大阪会場
*日時:2011年7月2日(土) 
*開始:14:00 終了:17:00(開場13:30)
*場所:大阪市立男女共同参画センター南部館 研修室
*アクセス:喜連瓜破(きれうりわり)駅(地下鉄谷町線) 1番出口から北西へ徒歩約5分

●東京会場
*日時:2011年7月3日(日) 
*開始:14:00 終了:17:00(開場13:30)
*場所:JICA地球ひろば 講堂
*アクセス:東京メトロ日比谷線 広尾駅下車(3番出口)徒歩1分

対象:看護師
参加費無料
 
参加お申し込みはジャパンハートホームページのお問い合わせフォームまたはメールからお願いします。
電話での受け付けは致しませんので、ご注意下さい。

メールでのお問い合わせの場合(メールアドレス:japanheart@e-mail.jp)
メールのタイトルを「○月○日講演会申し込み」と明記して
 ・お名前
 ・当日の連絡先
 ・ジャパンハートで短期ボランティアに参加の経験の有無
 ・当日聞きたい事
 上記4点を記載してご連絡下さい。

 多くの方のご参加をお待ちしています

 ジャパンハート事務局 

これからの活動に向けて・・・

新しく仙台に車が届きました。
早速、この日訪れた気仙沼市の幼稚園まで、私たちを運んでくれました。
中長期支援に向けた調査に、活動地と仙台間のボランティアさんの送迎にと、今日も現地を走っています。

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本当に多くの方々に支えられ、ジャパンハートは今日も被災地での活動を続けています。
皆様のご協力に、心より感謝申し上げます。

私たちは、今後も全力で被災地復興支援に臨みます。
これからも皆様のご支援、ご協力をよろしくお願いします。
                                  
                                       ジャパンハート仙台事務局

帰るところ



南三陸町の戸倉の避難所より
仙台事務局に戻ってきました。

戸倉の避難所では、
玄関から入ってすぐの所に大きな台所があります。
お母さん達の作ったあたたかな食事が
人々を出迎える光景が印象的です。

漁業復興にかける漁師のお父さんや若者たち。
1時間かけてバスで登下校する学生さんたち。
瓦礫撤去から帰るボランティアさんたち。

「おかえりー」

誰が来てもお母さんたちの活気ある声が響きます。


避難所暮らし
仮設住宅暮らし
半壊した自宅暮らし
親戚の家暮らし

それでも戸倉
やっぱり戸倉。


私にとって宮城県は、
いつしか
“行くところ”というよりは、
“帰るところ”になっていった気がします。


「おかえりー」の声が今を受けとめ、
「ただいまー」の声が未来を創る。

そんな気がしてくる南三陸町の戸倉です。


      たけやまかなこ


夏服バザー&カフェ

一昨日、戸倉の自然の家の屋外広場にて、ささやかながら、夏服バザーを開催しました。
その隣ではテントの下でのカフェも。

夏服は皆様から寄付していただいたものです。

事前に同敷地内の仮設住宅に配られたチラシの効果もあり、
まだ洋服をシートに並べている段階から多くの方々がいらしてくださいました。

私達が、慣れない手つきでダンボール箱から洋服を取り出しているのを見た方々は
「これ、並べればいいのね?」と、
お手伝いまでしてくださいました。

若いお母様方はお子さん用のお洋服を熱心に探していました。

3歳位の女の子を連れたお母さんを見つけた私は、
すかさず、前夜に仙台事務所で洋服の仕分けをした時に目をつけていた、
女児用の、かっこかわいいキティーちゃんのキャミソールワンピースを見せました。

気に入っていただいたようで、
「おとりおき」をお願いされました!
後ほど、手提げ袋を持って戻ってきてくださり、無事、キティーちゃんのワンピースをゲットされていました。

他にも、畑に行く時用の服を探していたおじいさんは、
ピンク色のTシャツを見つけ、
恥ずかしそうに、「これは、女物かなぁ?」と笑っていました。
「今は男性でもピンクを着るのはおしゃれなんですよ」と言うと、
そのTシャツを自分用にもらってくださいました。

フリマ



一昨日はお天気にも恵まれ、
隣のカフェも大賑わい。


快晴の天気の下で、多くの笑顔を見ることができました。

1週間前に開催されたカフェにも来て下さった、仮設住宅に一人で暮らしている女性。
前回はなかなか話の輪に入れず、ぽつんと座っていたのですが、
今回は、お友達と一緒に洋服を見た後、カフェでコーヒーを飲みながら満面の笑みでおしゃべりをしていました。

私達が出来ることは小さなことだけど、
皆さんと一緒に前に進んで行きたいと思います。



戸倉付近の道は所々が寸断され、1週間前までは、自衛隊によって仮補修された砂利道があったのですが、
今回、その一部がアスファルトできれいに補修されていました。

ピカピカに舗装された道の横には、まだ瓦礫や倒壊した家々があります。
少しつづ、着実に、前に進んでいます。


戸倉

By てるx2


 

色とりどりの世界

被災地を訪れる度に、少しずつではあるが景色が変わってきているのを感じる。

黄色やピンク、白、緑・・・
最近では町のいたる所に緑が増えて色とりどりの花が咲いている。
冬が終わり春が来て、これから夏がやってくる。

震災があった当時と比べるとだいぶ町全体に色が付いてきた。
その日々の変化に心が癒されている人も少なくないのではないだろうか。


どんな時もどんな場所でも毎日天に向かって成長していく草木。
色んな苦難を乗り越えたその先に、きれいな花や実が育つ。


人間は助け合うことも出来るし、思い合うことも出来る。
しかし、余裕がない時にはついそのことを忘れてしまうこともあるだろう。


そんな時こそみんなで声を掛け合っていきたい。
色んな人がいるからこそ色んなアイディアが生まれてやがて花が咲く。




先日本吉に入っていたボランティアさんから、ひまわりの種を植える手伝いをしたというお話を聞いた。
ただ植えるのではなく咲いた後のレイアウトまで考えて植えたそうだ。

どんどん成長していくその姿が、自分たちの活力となって欲しい。


きっと夏には大きなひまわりが咲き、そこにはたくさんの笑顔が見られることだろう。

今から楽しみだ。


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今が見頃ツツジの花がきれい


すずき

子供たち、そして先生たち

先日、気仙沼市にある幼稚園でコーヒーの炊き出しを行いました。

職員室の一角をお借りして煎れたこだわり満点のコーヒーは、廊下までいい香りが漂ってきました。先生方からは「おいしかった~!」「癒されました。」との声をいただきました。子供たちにはお菓子を渡すと、みんなで「ありがとうございました!!」と、声を合わせて元気なあいさつ。

はるばる長野県からかけつけてくださったカフェ「タマリスク」のオーナーさん、人数分のお菓子を用意してくださった「丸山菓子舗」さん、ありがとうございました。


そのあとは校庭でしばし遊びの時間です。子供たちはすべり台で、私たちが手で作ったトンネルの中を滑り降りるのですが、中にはてっぺんまで登ったものの滑り降りるのが怖くて躊躇し、そのまま階段を下りていく子や、トンネルがあるにもかかわらずそのままの姿勢で突進してくる子供など、いろんな子がいます。子供って、どんなことを考えているのか不思議ですよね☆久しぶりにたくさんの子供たちと触れ合って、本当に楽しい時間でした。中には、丁寧に私たちの横で「お菓子ありがとうございました!」とペコっとお辞儀をしてから帰る子供たちもいて、先生方も私たちもとっても温かい気持ちになりました。

この幼稚園は、内陸部にあるので津波の被害をまぬがれました。しかし沿岸部にあった系列の幼稚園は、津波が到達し被災。園内にあった物はすべて流されてしまいました。
津波が引いた後がれきに埋もれた幼稚園では、先生方が力を合わせてがれき撤去作業を行ったそうです。自分たちも被災者でありながら、それでも子供たちのため、幼稚園のため、地域のためにと、さまざまな思いを抱えながらがれき撤去を行ったのだろうと思います。
今は両方の幼稚園の先生、園児が集まって、この内陸部にある幼稚園を合同で使っています。幼稚園を再開するにあたっても、さまざまな苦労があったでしょう。楽しく遊ぶ子供たちや、子供たちと笑顔で接する先生たち。震災後の3ヵ月間、毎日本当にがんばってこられ、そして今があります。みんなで力を合わせてがんばっていこう!そんな空気を感じました。

今日再び、この幼稚園を訪れました。子供たちは帰った後でしたが、先生方は温かい笑顔で私たちを迎えてくれました。本当にありがとうございます。私たちは、がんばっているみなさんの横から、いつでもそっと手を差し伸べられる存在でいたいと思っています。

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幼稚園へ向かう途中の景色

ちょくみん

震災から3ヶ月

震災から3ヵ月が経ちました。


気仙沼にある、避難所。
そこにある対策本部は、
その地区のいくつかの小さな避難所の
中核的存在になっています。

対策本部にいる70歳代の男性。
リーダーシップをとり、いつも元気で笑顔でした。
その男性が先日、体調を崩されました。

「少しの間でいいから
 一人でゆっくりしたい…」

震災による被災、
3ヵ月に及ぶ避難所生活、
対策本部の運営・管理・調整などなど、
彼の仕事量は日に日に増していく一方でした。

被災地には休日がありません。
支援物資の仕分けや炊き出し、
一日二回のミーティングや瓦礫撤去、
家々の片づけや草刈り…。
毎日やることは山ほどあります。

3ヵ月経った今、
疲労やストレスは既に限界を超えています。

ご年配の方や几帳面に仕事をされる方、
責任のある立場の方などは
特に注意が必要です。
お互いに気遣い、
声を掛け合う環境を
皆さんとともに作っていけたらと思います。

これからも、
人として
看護師として。

竹山かなこ

仮設住宅の現状

ある仮設住宅に行ったときの話。

住んでいる人から「ここは陸の孤島なんだよ」と聞いた。

よくピンとこず、話を聞いていると・・・

仮設住宅に入っている人たちは、出身がバラバラで抽選に当たった人たちが寄せ集まっている。
そこには自治体が存在していない。そのエリアの管理は建築会社がしているということだそうだ。

管理は建設会社!?よく意味が分からない。。
つまり、ただ家が並んでいるだけ。隣近所の人たちは、今まで会ったこともない見ず知らずの他人。回覧板もなにもない。情報が遮断されている。
用事があるときだけしか外には出ない人もいれば、どうやら一歩も外に出ない人もいるとか。

健康面のフォローは、保健師さんのほうでやっているようだが、血圧測定などが必要な決まった人の家しか覗かない。広い地域をカバーしているから、無理もない。

一方、ここにはすぐ近くに避難所がある。震災後3ヶ月間ずっとここで頑張ってきた人たち。
避難所だから、いまもなお毎日食料や生活物資がトラックで届く。
この物資は当然、仮設住宅の人はもらえない。ちかくにスーパーはないから、少し遠出してまとめて買ってくるのだろう。
避難所の人から見ると、地元の人間でないのに自分たちより先に仮設に入ったことを面白くはおもっていないようだ。

仮設住宅の現状。。。
すぐ隣の道路を通りながら、いつもここが気になる。

ジャパンハートとして、看護師として、何かできることはないのか??

支援を考えるときには、いつも迷う。
これが相手や地元にとって迷惑ではないのか??
自分勝手な行動はしていないか??

でもいつも答えはわからない。

だって、今まで自分がいいことだと思ったことをやってきたから。

電車で席を譲るのもそう。人に元気になってもらいたいと励ますのもそう。自分が通ってよかった学校を薦めるのもそう。

いちいち頭で考えていたら、何もできなかったことかもしれない。
リスクなんて何をやるにもつきまとうもの。ナース彩未

南三陸町 戸倉

こんばんわ。
今さっき、南三陸町、戸倉の「自然の家」避難所から帰ってきました。

5日間の滞在中、看護師としての活動だけでなく、同敷地内にある仮設住宅に住むちびっ子軍団と一緒に遊んだり、毎食の炊事を担当している女性陣のお手伝いをするなどしました。

大家族の様で、「皆で力を合わせて生きている」という空気を直に感じました。
その反面、個々の生活を保持する難しさは、皆が感じているであろうことも、聞かなくとも、見てとれました。

多くの母親はその家庭の家事をこなし、仕事へ行き、それらの合間に避難所の炊事のお手伝いをしています。

昨日の夜、たまたま避難している家族のうちの1つの母親と2人きりになる機会がありました。
旦那さんと、2人の子供さんと一緒に避難所で暮らされています。
それまで炊事場で会う時の挨拶と必要最低限な会話以外、特にお話をする機会はありませんでした。


彼女は、あの日のこと、その後のことを話してくれました。


高台に逃げたとき、誰とも連絡がとれず、子供は2人とも死んだと思ったこと、

津波後も潮位の変動が激しい海面を慎重に確認して、後ろを振り向かずに、一目散に避難所に向かって走ったこと、

死んだかと思っていた長男が、パンツ一丁で泳いで土が盛られているところにたどり着いているのを見つけたときのこと、

自分の妹が亡くなったこと、

ボランティア団体がトイレ、お風呂などを作ってくれたこと、

シャワーの水が冷たくなったのを知らせたら、雪の降る中、ボランティアが一生懸命外でボイラーを直してくれたこと、

他にも沢山話してくれました。

彼女が体験したこと、今も経験していることは全て現実で、なかったことにしてしまうことはできません。
私達が代わりになってあげることもできません。

彼らがまた一定の生活を取り戻すまではもちろん、その後も、
被災しなかった者は、このような体験をした方が大勢いるのだということを忘れずに生きていかなくてはならないのだと思います。


南三陸町にある戸倉は漁業の盛んなところで、とくに、ホタテ、ほやの養殖が有名です。
ほやはタネをつけてから2年後に収穫だそうです。
今は種付けの準備をはじめているとのこと。

2年後、そのほやを食べに南三陸に来ますと言って別れてきました。


被災地はまだまだパワーが必要です。
みんなで思いを送り続けましょう

てるx2

11万人の想いをのせて

「氷室が復興支援ライブをするので、被災地活動の報告をしてください」と氷室事務所から連絡がきた。
“命があればやり直せる”という東北魂と“家も職も家族も全て失い明日からどうしたらよいのか”という悲しみが、
まるでコインの表・裏のように存在する被災者の心の機微を一枚のパネルからどう表現できるのか、
伝えられるのかとても不安だった。

しかも私たちは、医療者だ。

11万人を超える氷室ファンは、1枚1枚丁寧にパネルを見てくれた。
時には目に涙を浮かべ、時には、こうべを下げて・・・。
それは、私たちの背中をより強く押してくれたことは言うまでもあるまい。
氷室京介、そして、氷室ファンの魂は、私たちに乗り移り、すでに被災地で活動し始めている。

こういう思いは、募金額の嵩にも勝るものだと感慨無量になった。
(もちろん募金も大変ありがたいことである)

“この誕生日プレゼントは氷室さんとみんながくれたのよ”と語り続けよう。
“あなたにずっと寄り添えるのは、氷室さんが応援してくれるからだよ”と共に生き続けよう。

氷室ファンのみなさん、応援してくれてありがとう。たくさんの勇気をもらいました。
「何か手伝いますよ」と毎週末被災地に車を走らせてくれたマネージャーさんありがとう。
水運びもマキ割りも助かりました。

そして、偉大なるアーティスト氷室京介様。このライブを私たちは一生忘れません。

ジャパンハート、被災地復興支援真っ向勝負でのぞみます!

氷室ブース                 ジャパンハート事務局

日本のゴミ山

ごみやま

最近、石巻を車で走っていて感じるのは「だいぶ片づけられたな~」ということ。
多くの人たちの協力もあり、瓦礫撤去は確実に進んでいる。

しかし、今日は久しぶりに沿岸部を走り、いつもと違う風景を見た。

それがこの写真。石巻沿岸部のゴミ山。

ここ石巻は特に半壊状態の家屋が多いため、空き地スペースがあまりない(田んぼは多いのですが。。。)
ゴミ集積所に海岸が選ばられ、ここに各地から瓦礫やごみが集まってきている。

これはなかなか片付かない。
これから夏になると、いまよりもっと匂いもでてくるはず。どこか別の場所に運ぶ?焼却する?

それは、悲しくもカンボジアやフィリピンで目にしたゴミ山と同じ風景だった。

まだまだ課題はありそうです。ナース彩未


星のはなし

震災があった3月11日の夜。空は今までに見たことのない満天の星空だったという。
あまりにも多い無数の星たちが空を埋め尽くしたそうだ。
津波から逃げて夜な夜な山道を歩いた人は、その星空をみて涙が止まらなかったと言った。

多くの命が失われたその日、どのくらいの人がその星空を見ただろうか。

今日も見える星空に人々は何を思うのだろう。
記憶がよみがえる人もいるだろう。
忘れたい記憶と忘れたくない記憶、忘れてほしくない記憶。

人々の安心感とともに記憶は変化する。

心の傷跡も変化していく。

私たちができることは少ないかもしれないが、
少しずつ少しずつ心のしこりが解けるように、
長くゆっくり丁寧にかかわっていきたい。

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はし

ALOHA from Sendai

ALOHA!

皆様、始めまして。
6月5日より仙台事務所にて、Japan Heartの活動をお手伝いさせていただいています。てるX2です。

震災から約3ヶ月もたってからやっと行動を始めた私は、当初、なんとなく申し訳ない気持ちでの参加でしたが、皆さんにあたたかく迎えられ、これから残りの3週間、出来る限りの力でがんばります。

ところで、私の半分には宮城の血が流れています。(本籍は宮城県です!)
そのためか、生まれも育ちも神奈川県なのですが、仙台は、なにかとても身近な場所としてとらえています。

すでに、被災地の状況把握のために沿岸部の市や町を数箇所、また、看護のニーズ調査のために内陸部の登米市に伺いました。道中の山並み、田園風景、雄勝の高台から見える海、どれをとってもどこかなつかしく、避難所で交わされる会話の中の東北の方言を聞いた時は、なんとも言えない心地よい気持ちになりました。

ただ、津波の被害を直下で受けた地域を見たときには、何の感情も沸きませんでした。整然と、分類までされて道端に並べられた瓦礫などは特に、ただ、そのままの状態で私の脳裏に残っています。

とにかく、今、私はここにいたい。ここの皆と一緒にいたい。今じゃなきゃだめなんだ!そんな気持ちで仙台に来ました。
今回私にできることは何か。

ちっぽけで未熟な私ですが、宮城のご先祖様達の後押しを受けながら精一杯がんばります。

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最後に、私が8年間暮らしたハワイの言葉、ALOHAについて少し解説したいと思います。

「ALO」には、今この瞬間を一緒に
「HA」は、生きるエネルギー
また、「OHA」には、Joy(喜ぶ、うれしい、楽しい)の意味があります。

ALOHAという言葉には、「今この瞬間を共に生きている喜びの想い」がこめられているのです。

ALOHA to Miyagi! ALOHA to Tohoku!
I would also like to share "ALOHA" with everyone in the world who are in grief.

ALOHAの精神は、看護師として以前に、一人の人間としてずっと持ち続けていきたいと思っています。                              

By てるX2

時の流れ

5月からジャパンハートスタッフとして活動し始めてすでに1ヶ月が過ぎた。時の流れは本当に早い。私は仙台に住んでいるが、通勤の途中に仙台駅や街の中心部を通っていると忙しそうに歩いている会社員や買い物を楽しんでいる学生など、震災前と変わらぬ景色がある。

そしてこの景色を見るたびに、時の流れと共にあの大震災があったことを忘れてしまう人が増えてしまうのではないかと、言葉にできない思いがこみ上げる。


大それたことは出来なくても自分に出来ることをやっていきたい。



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南三陸町へ行った時にこの手作りの看板を見つけた。


近くにいた漁師の方が私たちに話しかけて下さいました。

「俺たち漁師仲間の有志が集まって毎日瓦礫撤去作業してるんだ。だけどここは毎日満潮時に冠水するから次の日はまた瓦礫撤去からはじまる。その繰り返しだよ。でも何もしないよりは気が紛れるから。」

彼は笑って私たちに話して下さいました。

私たちは返す言葉が見つからず、彼らの強さを改めて感じました。


よみがえれ 故郷



すずき






感謝

今日の仙台は晴天
雲ひとつない、澄みきった青空です

今朝もボランティアのみなさんと
新規開拓班のメンバーを送りだし、
わたしは仙台事務所でパソコンに向かっています

わたしが仙台へ来てから今日で3週間
活動地への人員配置や配車など、慣れない仕事に頭を悩ませながら
たくさんの人に支えられて今日に至っています

最近のうれしかったエピソード

ドライバーさんが見つからなくて困っていたとき、
震災直後にドライバーをしてくれていた方に電話をかけてみました
直前だったにも関わらず、
「いいですよ。」と快く引き受けてくださいました

別の日は、
東北薬科大学の学生さんが、
「ドライバーいないときは、いつでも言ってください!」
と言ってくれたので、
早速その翌日にお願いしたところ、
これまた「いいですよ。」と快く引き受けてくれました

おかげで無事、ボランティアさんを活動地まで送り届けることができました

そしてその活動地で、住民の方とボランティアさんとの関係が、
また新しくうまれています

たくさんの方々のおかげで成り立っているジャパンハートの活動
これからも被災地中長期支援の継続に向けて
よろしくお願いします

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石巻市日和山公園からの景色

ちょくみん

活動の過渡期を迎えて

長期ボランティア看護師

震災からもうすぐで3ヶ月が経つ。
ジャパンハートでも今までの避難所ベースの活動は6月中旬で全て終了し、中長期の活動にシフトしていく準備を始めている。

中長期の活動はいまのところ、地元病院の小児休日診療のサポート、こどもの心のケア、訪問看護の3つを考えている。現在、行政や自治体、医師会との話し合いを開始。地元の開業医たちへの協力も得ながら進めている。

昨日、2名のボランティア看護師が仲間入りした。彼らはこれから約1ヶ月間私たちと一緒に新規開拓班として各地を回る。
一人は、ICUで下積み後、屋久島などで地域医療に2年携わり、全国の小学校の修学旅行添乗員も2年間ずっとやってきたそうだ。
もう一人は、アメリカに単身でわたり苦学生を4年。慣れない環境の中で、お金も精神的な余裕もなかったという。そんな状況をクリアーし、アメリカの病院で4年働いてきたそうだ。

このように、今までの環境も経験も違う2人ではあるが、お互いの個性を生かしながら、良いチームワークでやっている。

新たな仲間入りで、仙台事務所にも新しい風が吹いている。
この感じのまま、しばらく走ってみたい。

お二方、ジャパンハートへようこそ。
これから1か月間、よろしくお願いします。ナース彩未




定位置から

ついに最後のブログになりました、じゃすみん@仙台です。

もともとミャンマーに行かせていただくことをきっかけに
ジャパンハートのインターンシップ生として受け入れていただいたわたしが、
こういうことがあり急遽仙台で研修を行うことになってから、
4月13日に仙台入りし2か月がたちました。


いつも定位置だったこの場所に座って最後のお仕事をしながら、
いろいろなことを思い出します。

初めのうちはあやみさんと2人の仙台事務所で、
そのうち鈴木さんが事務として仲間入りし、
山田さんやなおみちゃんも加わって
毎日たくさんのボランティアさんとの関わり合いのなかで

たくさん楽しいことや面白いことで笑ったし
柄にもなく泣いたりしたこともありました


そのような毎日のなかで、はじめは仙台での活動をミャンマー渡航前の「研修」と認識していた私が
ここでの活動自体を自分の人生の重要な一部として捉えなおすことができたのが
一番の大きな変化であり、収穫だったなぁと思います。

ほんとうにたくさんのひとに支えられた2か月間でした。


話しはじめるときりがないですが、とにかく、また必ず来ます東北!

それではみなさん、今までありがとうございました!!
いってきます。



じゃすみん



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確かな前進

5月30日からの5日間、日本EMDR学会の臨床心理士の方お二人が、ジャパンハートの活動地を回ってくれました

今回の震災により、被災者の方の中には被災時の場面を繰り返し鮮明に思い出すフラッシュバックや、悪夢を見るなどのPTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しむ方々がいらっしゃいます
EMDRとは、自分の恐怖体験を思い出しながら目を左右に動かす眼球運動によって、PTSDを克服する治療のことです

5月30日、この日むかったのは、避難所になっている渡波小学校

大雨の中、地盤沈下した道路は冠水
川は増水していて、車で橋を渡るにも恐怖を感じました
登校が困難なため、中学校は休校になっていました

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渡波小学校に到着し、
避難されている方のカウンセリングを行いました
明るい顔で小さい子の面倒をみたり、わたしたちに駆け寄ってきたりする子供達も、
小さい体で、つらい経験を必死に乗り越えようとしています

話を聞いていて、みなさん着実に前に進んでいると感じました
それぞれ一人ひとりが、
現実を受け止めようとする中で思い悩みながら、
一歩一歩、前に進んでいました

そして、
避難所を訪れるといつも感じるのが
みなさんお互いのことをすごく大切に思っていること
がんばりすぎている人のことをみんなが気にかけている
とてもあたたかい空気を感じました

今後も焦らずに、
被災者の方々が必要とする形での関わりを続けていきたいと思います

ちょくみん



仙台随一の牛タンのお店

ご無沙汰しております、じゃすみんです。
実は6月半ばにミャンマーに渡航させていただくことが決まり、
今までやっていたお仕事もなおみちゃん(ちょくみん)に申し送って
仙台では石潰しをやっています。

会うたび顔が丸くなると言われている私ですが、
今日はみなさんにジャパンハート御用達の牛タンのお店をご紹介したいと思います!

その名も、仙台名物牛タン屋「萃萃(すいすい)」!!
仙台事務所から歩いて10分程度のところにあるこのお店では、
来てくださるボランティアさんによくご紹介していることもあって
ジャパンハートスタッフはかなり顔馴染み。
一品ものや摘みたての苺をくださったりとサービスも満点です。

柔らかくて下味のきいた牛タンの美味しさもさることながら、
何といってもこのお店のいちばんは大将のお父さんとお母さん。
ブラックジョーク豊富な会話をお食事と一緒にいつも楽しませていただいています。


こちらにきて思うことは、やはりみなさまのあたたかさです。
近くのお店の方やお客さん、大家さん、活動地の住民の方々やボランティアさん。
ほんとうにいろいろな方に支えられながら活動しているなぁと感じます。
団体自体ももちろんですが、私個人も周囲のみなさまの優しさと強かさに日々助けられながら過ごしています。
仙台で過ごす時間は残り少なくなりましたが、この気持ちを忘れずに
心はずっと東北に寄り添っていけたらなぁと思いながら。


先日高知の両親に萃萃の牛タンを送ったところ、
「間違えて冷凍しちゃいました」
と連絡がきた高橋ジャスでした。冷凍でも美味しかったそうです。




じゃすみん


IMG_0810.jpg
萃萃のお父さんお母さんと。
私が手に持っているのはお土産にいただいた煮込み牛タンデミソース風味「超うま」。←名称
名前の通り超うまでした。
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ジャパンハート

Author:ジャパンハート
ジャパンハートの東日本大震災の救援医療活動の報告。
日々、リアルタイムで報告します。

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