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本吉のみなさまへ

気仙沼市の方針で救護班が縮小することが決まり、お世話になった本吉の診療所が終了しました。
診療所ができた当初は電気も水もなく、灯油もない状態でした。3月の寒さの中で暖を取るのも必死で、寒さのなか診療室の外には長い列ができていました。薬も流されてしまい症状が悪くなっている方も、避難所の生活や食生活で血糖や血圧が上がっている方も多くみられました。
最近は周辺の病院や開業医が再開するにつれ、診察に訪れる人も少なくなりました。
笑顔も増えてきています。
笑顔に出会うたびにちょっとほっとした気持ちになります。
終了するにあたり、住民の方からは「医者がいるのといないのとでは違うな。」「さみしい。」「先生たちがいなくなると思ったら心配になって眠れなくなった」などの声が聞かれましたが、話しをすると「でも、一番大変な時にみんなが来てくれたから本当にありがたかった」「あんたたちがいなくなるのはさみしいけど、良くなったってことだね」「いままでありがとね」などと声をかけて下さいました。住民の方々にはいつも温かく受け入れてくださり、逆に元気をもらっています。
本当にこちらこそお世話になりました。

医療班はなくなりますが、現在避難所では生活支援のニーズがあります。
仮設住宅に移動するまで避難所生活が続きます。
お世話になった清涼院避難所では炊き出しなどでジャパンハートの一般ボランティアが引き続きお手伝いさせていただいています。
震災から2か月半。住民の疲れもあり、外部からボランティアが入ることで気持ちが楽になっているようです。
そして、色んな人に出会えるから嬉しいと話してくださる方もいました。
今後も、少しでも現場のニーズに合ったお手伝いができればと思っています。
住民のみなさまこれからもよろしくお願いいたします。

はし
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社会人ボランティアの活躍

社会人ボランティア

震災後2ヶ月半が経過した。町の復興に合わせて、避難所での医療のニーズは徐々に減少してきている。地元の病院の再開などのためなので、いいことである。

一方で、地元の方々は避難所での生活が続いている。寒さはだいぶ和らいできたが、硬い床の上での睡眠をずっと続けていると腰痛や肩こりもひどくなる。
1日2回、1回100食分の炊き出しを準備することは、容易ではない。しかも、同じメニューではいけないから、毎日それなりに考えて作る。
毎日届く寄付物資の搬入・運搬・仕分け作業もかなりの力作業であり、女性ではきつい。

ジャパンハートでは、これらの現地のニーズに合わせて社会人ボランティアに協力して頂いている。
ボランティアの内容は以下のとおり。

・物資の仕分け(現地に届いている物資を仕分ける作業)
・炊き出しの手伝い(現地の方がしている炊き出しの手伝い)
・洗濯の手伝い(現地での洗濯の手伝い)
・掃 除(避難所を中心に共同で使用する場所の清掃)
・子どもと遊ぶ(児童を中心とした子どもの面倒をみる、一緒に遊ぶ)
・現地ドライバー(巡回診療時の運転、物資搬出入の運転、活動地間の運転、車持ち込み可)


社会人ボランティア2

今回参加した方々も、「人生に残る貴重な経験になった」、「自分が役にたつことがあってよかった」という言葉を残して帰っていった。
そこには、ボランティアをする方も、受ける方もお互いが支えあう関係が存在している。

医療者ではないけど、何か現地の方々のために汗を流したいと思っていらっしゃる方!!
ぜひ、以下から内容をチェックして頂き、お問い合わせフォームからコンタクトしてください。

http://www.japanheart.org/topics/topics_details_75.html

6月5日~11日
6月16日~7月4日がいまのところ、あいているようです。(もちろん2,3日の参加でも大歓迎です。)
ナース彩未(あやみ)


目医者さんがやってきた

5月25日 本吉の清涼院に眼科の先生が診療に向かいました

春山先生 埼玉県本庄市の眼科の院長先生です

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本庄市はなんとわたしの自宅のとなりまち
出身高校も、となりの高校でびっくり!!
地元が同じって、うれしいですよね

眼科のニーズがはたしてどれくらいあるのか...
不安をかかえての今回の眼科医派遣でしたが、
春山先生の明るいキャラクターとボランティアのみなさんの呼び込みもあって
60人ほどの患者さんが来院し、大盛況だったそうです

「避難所に来てから目が見えにくくなった」
「白内障の目薬がさせない。見えなくなったらどうしよう」
わたしも別の避難所にいったとき、こんな声を聞きました
目が見えにくくなるって、本当に不安だと思います

帰りには本吉の皆さんが、「ありがとう~」と大きな声で見送ってくれたそうです
不安をかかえていた心が、少しほっとしていたら、安心できていたらいいな と思います

ちょくみん

石巻で見つけた

仙台の鈴木です。これは石巻に行った時に撮った写真です。何だかわかりますか?


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下水管のふたなんですが、これに写ってる花火についてお話させていただきます。

石巻では毎年8月の初旬に「石巻川開き祭り」というお祭りが開催されています。
全国的にはあまり知られていないかもしれませんが、宮城県では知っている人がほとんどではないでしょうか。
私は瓦礫に囲まれた中にこれを見つけた時、何とも言えない気持ちになりました。


この川開きの歴史は古く、記念すべき第1回は大正5年だそうです。
水陸同時に打ち上げられる花火は石巻が発祥と言われていて、幻想的でとても盛り上がります。


ボランティアさんに、「復興後の町を見に来たいです」「絶対また来ます」など言っていただくことがあります。その度に私は嬉しくなり、何年かかるかわからないけれどいつかきっとまた素晴らしい宮城県を取り戻すことでしょう。

その時はぜひまたみなさん宮城にいらして下さいね。


鈴木

戸倉

戸倉2

今日は、南三陸町の戸倉の様子をみに行ってきた。
この戸倉はジャパンハートが3月21日前後から入り、5月14日に撤退した場所である。

避難所の「自然の家」にいる人は40名ほどになっていた。また先日、この施設のとなりに81戸の仮設住宅が建った。あとまだ2か所は近くに建てるという。

このエリアを管轄している公立志津川病院は、イスラエルの医療チームが残していった仮設診療所を使用し、診療活動をすでに始めている。震災後、数十か所あった避難所はほぼ集約され、5つほどになっている。

震災後2か月を過ぎ、いろいろなことが変わっているようにみえた。


ただ、変わらぬものもあった。人々の明るい挨拶と冗談。えがお。風景。
3月、4月と花粉がすごかったこの地域も今はほとんど飛んでいない。
さわやかな5月の風に、緑葉がなびいていて、とてもすがすがしかった。

戸倉

今日たまたま一緒に行ったボランティアさんは、衣類の入った団ポール箱の搬送を頼まれ、汗を流していた。
私は、炊き出しの準備がはじまったので、ごぼうと人参の千切りを手伝った。

戸倉、またこよう。ナース彩未

はじめまして☆

はじめまして☆
仙台から金井です
ジャスミンの後任として、5/17に仙台入りし、人員配置、配車、物品等の調整業務にあたっています
あだ名はチョクミンまたはカナブンが浸透しつつあります・・・☆

今朝の仙台はひさしぶりの雨
ジャパンハート事務所越しの空も、雲がたくさん、曇り空です

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昼には雨も上がり、仙台スタッフの洗濯物が干せました
空気が冷たくて、ひやっとして気持ちがいい!☆

仙台に入って今日で5日目

仙台事務所での仕事は、被災地の方々の顔は見えないけれど、
常に想像力を持っていたいな、と思います

被災された方々、被災地で活動するボランティアの方々、仙台事務所、東京事務所、支援してくださっている方々
みんながそれぞれ自分にできることを、それぞれの場所で、精一杯がんばっているのだと、仙台にきてひしひしと感じます

みんながつながって、ひとりひとりの力が合わさって、大きな力になる
その力が、被災地のみなさんの笑顔につながることを願っています

ちょくみん

網地島に上陸

ふね

看護師の活動のニーズ調査のため、石巻市の南の島「網地島」に行ってきた。

実は今回私は島にいくのが初めてだった。ジャパンハートでは通常の活動で僻地離島事業というのがある。
日本の離島や僻地と言われる医療過疎地域に看護師を継続的に送っている事業である。
しかし私がジャパンハートの研修生だった2006年には、この事業自体がなかったため、お初だった。
ただでさえ、船酔いのする私。。石巻港から一時間半の長旅。完全に弱気だった。
今回も強力な酔い止めを飲んで、フェリーの中ですぐ寝た。

目覚めてみると、河童の皿みたいに海に浮かぶものがみえてきた。
ここは島民500人弱の島である。島の反対側までは車で15分ほどである。今回の津波は島を挟んで二股に分かれたため、大きな災害には至らなかったようだ。
こんな網地島には小学校を改造してつくった「網小医院」という場所がある。島で唯一の医院だ。今回、ここの副施設長の方にお話を聞くことができた。

ほとんどお年寄りのこの島は一日25人くらいの患者がくる。栃木の病院と提携していて医師が定期的にくるそうだが、常駐の医師が不在で困っているそうだ。
看護師にかんしては、全国から派遣でくる看護師もいて今はなんとか大丈夫だが、今後はわからないという。

看板

島の中を案内してくれたが、本当に風光明媚な場所だった。人も明るい。当たり前だが周りは全て海で囲まれており、牡蠣やうにがよくとれるそうだ。夏は観光客も多いということだが、今の時期は全然いない。畑で野菜をつくり、海で魚をつり、米以外のものはだいたいが自給自足だそうだ。

弾丸絶壁

医者に関しては、地域医療のネットワークを活用させてもらって、情報発信してみようと思う。
もちろん看護師が必要なときには、ジャパンハートで協力することも可能だ。

この数年、ほとんど海外にいた私は、日本の素敵な場所をあまり知らない。日本人として恥ずかしい。
今回は、こんな素敵な場所があるのだと、また一つ日本のいいところを発見できた。

少しでもこの島の人たちの医療事情が向上することを願って。
島からいろいろなことを教えてもらいました。日々、是勉強。。ナース彩未

ひまわりの季節

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もうそんな時期なんですね。じゃすみん@仙台です。

先日、今は登米に場所を変えて授業をされている戸倉小中学校にお伺いした際に、
職員の方が両手いっぱいでも抱えきれないほどのひまわりを、
はさみで丁寧に切り整えていらっしゃいました。

「きれいですね」
と声をかけると、このひまわりたちは支援者の方が
戸倉小中学校の生徒さんの人数分
送ってくださったものだと教えてくださいました。

ジャパンハートではこれから、子供さんを中心に被災者の方々の継続的な心のケアを行ってまいります。
ひとつの花器から伸びる、あざやかで大小長短様々なひまわりを眺めながら
これからの私たちの活動が、このひまわりがずっとまっすぐ太陽の方を向いて咲いていられるような、
それをお手伝いするような役割になれるといいなぁ、なんて願いながら。



戸倉小中学校のみなさんも、健診の際などに「このジャス(=ジャージ)がさぁ~」という会話をしており
いちいち反応せざるをえなかった高橋ジャスでした。

あったか家族

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気仙沼の本吉地区です。
清涼院というお寺の避難所で避難している住民の方と一緒に生活しています。
清涼院では毎日診療を行っています。震災直後は医療者がいなく、恐怖やストレスを抱えて眠れない日々が続いていたそうです。住民の方は「ジャパンハートさんが来てから安心して眠れるようになった」と話してくださいました。(言葉を聞いて本当に嬉しかった~。)
最近では医療のニーズは少なくなり、血圧の定期処方や風邪、花粉症などの方の治療にあたっています。受診する方も少なくなり、空いている時間には避難所の中のお手伝いをさせていただいています。炊き出し、物資運び、水汲みなどなど。
今日は薪割りです。ここ数日は天気も良くお暖かい日が続いています。薪割りには格好の日です。初めてのことに戸惑いながらも、住民の方に教えていただきながら奮闘しています。住民の方と一緒に生活をし、たくさんのことを学びながら一緒に頑張っています。
今では「ジャパンハートさんは家族だから」とあたたかい言葉をかけていただき、逆に私たちが元気をもらっています。本当に気持ちの温かい方たちばかりで、感謝感謝の毎日です。少しでもお役にたてるようにみんなで力を合わせて頑張ります。

はし

仙台事務所の要(かなめ)

仙台事務所の要(かなめ)

今日は、一人の人物を紹介します。名前は茉莉子。ジャスミンと呼ばれている。彼女は大学新4年生になるところを一年休学してジャパンハートでインターンとして活動している。今回の東北支援での役割はロジ。つまり、人の動き、車の動き、物資の動きを管理し、調整している活動の要(かなめ)だ。

彼女の仕事道具はパソコンとホワイトボード。1日に10台ほどの車とおよそ20人のスタッフをコーディネートしている。この一か月間の延べ人数でいうと約200名近くにおよぶ。「整いました」という掛け声が、仕事の終わりの合図だ。その瞬間、ホワイトボードには明日の動きがきれいに図式化されている。

本当は専門的知識が必要なこの仕事も、今回の緊急事態では看護師と学生で担ってきた。そのため、いろいろな場面でぼろが出ているが、なんとかやってきたという感じだ。

でも彼女は覚えるのが早い。頭脳明晰である。東京の一橋大学生だそうだ。チャキチャキ仕事をするが、性格はおっとりしていて、私なんかよりもよっぽど気が長い。

そんな彼女は事務所の要であると同時に要注意人物でもある。

要注意1、整理整頓が苦手⇒この私が整理整頓をしている。奇跡。
要注意2、ダースというチョコレートが大好物で1日3袋食べるが、全く太らない⇒うらやましい。
要注意3、化粧をすると結構変わる⇒おそるべし22歳。


彼女はここで貴重な経験をして、6月からはジャパンハートの本拠地であるミャンマーに入る。

私も学生のときのさまざまな経験がいまの自分の一部を作り上げていると感じている。だから彼女には吸収できるだけ吸収してほしい。一見、自分に関係ないと思うことでも、それを一生懸命やることで、学ぶべきことは多くあるから。自分の可能性を否定しないで。


いろんな方と被災地をつなぐ、仙台事務所でのお仕事。いろんな方々との出会い。日々是勉強。ナース彩未

健診@戸倉小中学校

ジャパンハートの吉岡(春菜)と申します。
今回が3回目の宮城訪問です。
今日は登米市の廃校を活用し、子どもたちが学校生活を始めている戸倉小中学校の健診を実施しました。
廃校とは言ってもとてもきれいで丈夫な建物で、広い運動場があり、子どもたちが元気に走り回っていました。先生方から供給される安心感、まだまだ避難所生活ではあるものの小学校の環境はすばらしく、生活にリズムがあり、子どもたちの回復にはもってこい!の印象でした。
元気そうに遊びまわる子どもたちですが、実際に健診で関わってみると「避難所太り」の子どもや、中には「眠れない」「おなかの調子が悪くなりやすい」「胸がどきどきする」「お医者さん怖い」と不安で泣き出す子どもと出会いました。
「避難所太り」は長引く避難所生活のために運動量が低下したり、おにぎりやパンなどの炭水化物中心の食事による結果であると思われます。遊びたくても避難所には遊び場所が確保できているところは多くありません。
「症状があるのが当然。おかしいのは震災のほうだから」というスタンスで症状を受け止めること、子どもたちが「じぶんはどこかおかしいのではないか」という不安を少しでも軽減させることが急務だと感じ、先生方にお伝えしました。
午後からは先生数名の集団療法を実施しました。
子どもと先生のペースや全体の生活状況を踏まえた継続的な関わりを今後もっと大切にしていかなかればならないと再確認しました。
また報告させていただきます。



今日はなんのひ

5月12日は・・・看護の日です!

こんにちは、「目が動物」と噂のジャス@仙台です。
私もこの日のことは初めて知ったので、ちょっとぐぐってみました↓
以下、日本看護協会より抜粋。


「看護の日・看護週間」とは?

毎年5月12日は「看護の日」。
そして、12日を含む週の日曜日から土曜日までが「看護週間」です。
メインテーマは「看護の心をみんなの心に」。
気軽に看護にふれていただける楽しい行事が、全国各地で行われます。



12日である由来は、フローレンス・ナイチンゲールの誕生日なのだそうです。


というわけで、被災地でもちょっとしたイベントをやりました!

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このメッセージカードと一緒に、傷口シートや飴をお配りしました。

ほんとうにちょっとしたことですが、
現地の皆さんにはなかなか喜んでいただけたようで


「子供さんなんかガリガリ飴噛んでましたよ~」


なんていう報告も受けました。

前日にこの日のことを知って、即席で考えた小さな小さなイベントでしたが
ちょっとした言葉や気配りひとつのプレゼントで
喜んでいただけるんだなぁと実感しました。


「看護の心」って、正直どういうこと??というかんじですけれども
この日のおかげでほっこりした気分にさせてもらえたので、

ナイチンゲールを志すのも悪くないな・・・

と思う完全なる文系学生の私なのでした。

また手厳しいツッコミを受けそうですが、14日までは看護週間なので
みなさんお手柔らかにお願いいたします。




じゃすみん


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渡波のジャパンハートスタッフのみなさん
ボランティアのみなさんご協力ありがとうございました!

私が出来る事

東京事務局にいるすまです。

電話やメールを通して、沢山の方と関わらせて頂いています。
そんな関わりを通して感じる事、
今回の震災に対してお一人お一人が「何が自分に出来るのか」
それを考えて行動して下さっているという事。

「医者だけどドライバーもしますよ」
「料理なら得意です」
「被災地には行かれないけど、事務作業なら得意です」
などなど・・・

沢山の方から色々な声を頂いています。

ふと自分を振り返り思いました。
「私は自分が出来るベストを尽くしているのかな?」

事務局にいるから
私の仕事はこれだから

やらない言い訳をするのは簡単。
目の前の出来ごとに対して、自分は何が出来るのか
何をしたいのか
出来る全ての事をしているのか

みなさんとの関わりを通して
そんな事を考えながら仕事をしています。

すま

避難所の子ども達へと沢山の風船や絵本を頂きました!
ありがとうございました。

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一期一会

宮城に入ってまもなく2か月になります。
ある方に長期で現場にいるように見えないといわれました。
疲れたように見えないという意味。

私の力の源はなんだろう・・・・?

最近気づいたこと。
いつも周りの人々に支えられていること。
そして、周りの人が笑顔でいること。

周りの人が一瞬でも笑ってくれたらそれでいい
私がいつも思っていること。

人と人が触れ合えば必ず何らかの影響があります。
短期でも長期でもこの活動に参加してくださる人が地元の人と関わり、お互いにみんなが笑顔になってゆくのを見ています。
期間は関係ありません。一期一会。その時の出会いが大切です。
目の前の向き合った人とどう関わるか、どう接するかが大事だと思っています。
そこから先の未来がつながってゆくし、縁がつながってゆくと思います。

大きな災害にあって心が暗くなっている中、今まで甘えっこだった娘が今の生活でいろんなことを学んでいる、成長していると前向きに話してくれたお父さんがいました。

前を向いて歩こうとしている現地の人と
未来の復興に向けて力になれたらと願うボランティアさんと
相互作用が生まれています。
笑顔が増えているように感じます。

これから決して優しい道ではありませんが
一緒になって前に進もうとしている多くの人のエネルギーを感じます。

一日の終わりに「また明日。」と笑顔でかわす挨拶。
朝が来れば「おはよう。今日も頑張ろう。」とかわされる挨拶。
毎日同じ顔もあれば違う顔もいます。
たくさんの出会いとともにたくさんのエネルギーが生まれます。
いろんな出会いがつながり大きなエネルギーになっていく、
そうやって人は支え合い、前を向いて生きていくのだと感じました。

距離は関係ない。
応援している人のたくさんの思いは現場に届いています。
そして明日の生きる力になっています。
私も多くの人に支えられ、力をもらっているからこそ笑顔でいられる。
どんな苦しい中にいても人がつながっている限り大丈夫だと感じます。
目には見えないけれどみんなの思いはつながっているしつながっていく。
これからもずっと循環していくんだと思いました。

はし

テーマ : 東北地方太平洋沖地震義援金、災害援助
ジャンル : 福祉・ボランティア

お薬相談会

武田薬品工業株式会社の方、そして薬学部の学生さんを含めた6名の方が本吉地区にボランティアに入って下さいました。
折角だからと、「お薬相談会」を企画
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お薬相談会だけでなく、炊き出しや物資の仕分け等色々お手伝い頂きました。
皆さんありがとうございました!
今回お手伝い頂いた6名の皆さんです。
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ジャパンハートでは医療者だけでなく、今回のように一般の方も社会人ボランティアとしてお手伝いをいただいています。
今回のように会社等グループでの参加でも結構ですし、もちろん個人での参加でもOK!

お問い合わせは以下よりご連絡下さい。
お問い合わせフォーム


被災地ではまだまだ皆さんの力を必要としています。
多くの方のご参加をお待ちしております。

すま

はじめまして

japanheart.jpg

仙台事務所の鈴木祐子と申します。

私は宮城県生まれ、宮城県育ちです。


あの震災が起きた時、私は日本にいませんでした。

帰ってきてから何かをしたいという思いでいっぱいでしたが、地元のボランティアセンターがまだ機能しておらず、もどかしい日々を送っていました。

そんな時、あるきっかけでジャパンハートさんをお手伝いさせていただくことになりました。

被災地のために毎日夜遅くまで活動しているスタッフの皆さんの姿には日々感動しています。私も負けないように出来ることから少しずつですが、自分の生まれ育った宮城県のために頑張っていきたいと思います。

よろしくお願い致します。

鈴木

石巻市渡波

渡波小学校にて

今日は石巻市渡波小学校に行ってきた。ここにはまだ360名の避難されている方がいる。
私たちは4月1日から渡波地区のプレハブで診療をしてきたが、26日にその建物が壊されたため、今は渡波小学校で活動している。

この場所は基本的に日赤関係のチームも入りみなで協力しているが、ここ2,3日はジャパンハートがメインで外来を行っているようだ。

ここにジャパンハートは、小児科医をきれまなく送り続けている。この辺はこどもの受診率が結構多いからだ。
家がまだ残っていること、小児科のクリニックが倒壊していること、周辺に学校が多い事、車がないこと、周辺病院の受け皿などの問題で、子どもが多いのだとこの1か月間の活動を通してわかった。長くいるからこそ、わかることもある。

石巻市は半壊状態の家屋をどうするかということもあり、今後の復旧にもまだ時間がかかるのではないかと言われている。

今日は、海門寺公園という高台にある場所にいってきた。石巻市が一望できるところだ。今は悲惨な光景になっているが、おそらく震災前は非常に眺めのいい風光明媚なところだったに違いない。これが現実と受け止める。

頭をあげて前を見て進むしかない。

祖母から東北地方の人は忍耐強いと聞いたことがあるが、ここからが石巻の底力。私たちも出来る限りのお手伝いをしたい

ナース彩未

石巻市

ありがとうございました

本吉町@清涼院に、長野五輪スキージャンプ金メダリストの
船木和喜選手が避難所に訪問してくださいました。

みんな元気をもらいました!

ありがとうございました。

IMG_2648.jpg

時の流れは

早いものですね。じゃす@仙台です。

あと一週間で震災から2カ月が経とうとしていますが、
未だ瓦礫の積み重なる被災地の状況を目にするたびに
復興にはまだまだかなりの年月がかかることを、
改めて思い知らされる次第です。

医療ニーズは急性期を過ぎ縮小しているとはいえ、
被災者の皆さまの生活環境に関わる面では、疲労の蓄積などにより
依然として、というよりむしろこれからこそが
大変な時期に差し掛かってゆくのだろうと感じます。

ジャパンハートも医療者のみではなく、
一般人ボランティアの方の受付も開始しました。

炊き出しや物資の仕分け、掃除や運送など
私たちにできることは、実はそこかしこにたくさんあります。

そして現地に来ることができなくたって、
年月が経てど被災地に意識を向け続けることこそが
大切な支援のひとつだと言えるのではないでしょうか




先日ボランティアの方に「ブログ見ました」とお聞きして
これからへたなことは書けないな・・・と思うジャージでした。



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ドライバーさんに送っていただいた石巻の写真



じゃすみん

縁の輪

気仙沼の本吉地区です。
気仙沼市の医療は急性期から慢性期に移行し、血圧の薬の定期処方や風邪、花粉症などの患者さんが多くみられます。それに伴い、避難所の医療班は地元の病院やかかりつけの先生への引き継ぎできるように取り組んでいます。
しかし、津波で車をなくされた方や自力で病院までいけない方も多く、足がない状態。バスも流されて本数少なく、動いているのは一部地域のみ。仮設住宅はいつ入れるか・・・。いつまで避難所生活か・・・。などなど不安は消えません。
そのために毎日いろいろなところでミーティングを開き今後について話し合いを行っています。巡回バス問題、患者さんの受け入れ、仮設住宅、物資、炊き出しなどなど。行政も医療機関も地元の被災されたスタッフも各地から集まったスタッフもみんなで知恵を絞り、現場では災害対策本部の方、民生委員さん、区長さん、避難者住民など地域の方々と連携を取りながら取り組んでいます。人が集まるたびに、こんなにも一緒になって復興に取り組んでいる人がいる、仲間がいることに実感します。そして、現場にいなくとも各地から支えて下さるたくさんの方の存在を強く感じます。物のありがたみもさることながら、人の温かさ、絆をひしひしと感じる日々です。一人一人環境は違えど、いろんな縁でつながっているんだと思います。縁を大切に次の人次の人へとつなげ大きな輪となり安心できる未来につながっていけばと思い日々頑張っています。

はし

受け継がれる知恵

昔の知恵

東北被災地支援の統括のため仙台にきてから約3週間がたとうとしている。相変わらず時の流れは早い。今日も現場に足を運んだ。行先は気仙沼市。ここで今日一緒だったドライバーさんから思いもよらない話を聞いた。

ジャパンハートではボランティアでドライバーさんに協力してもらっている。このドライバーさんたちがまたすごい!!いろんなジャンルのお仕事を経験されている方々が集まってくださっている。私はその方々と道中を共にしながら、いろいろなことを教えてもらっている。ある意味、医療者は医療をするのは当たり前だ。でもなんでもいいから自分のできることを・・・と純粋な気持ちで来ているドライバーさんたちから学ぶことは多い。

この日のドライバーさんからまた一つ勉強させてもらった。1896年(明治29年)に三陸東方沖を震源とするマグニチュード8.2~8.5の巨大地震、明治三陸地震があり、10~20mの津波により約2万人の死者を出したと。その後の津波対策は、この時を基準に想定していると言われていると。へえ~~~。

気仙沼に入ったときに目に飛び込んできた写真の歩道橋。そこには「ここまで」と表記されていた。
驚くことにこの歩道橋を通り抜けると、そこのエリアは見事に津波の被害から免れていた。今まで家屋が傾いていたり、壁がはがれているなどしていたが、普通の状態が続いている。ビックリ!!!

他の活動地でも住民の方からよく言われたこと。それは、昔からの言い伝えは守るべき。なにかを教えてくれているんだよということだった。

先人、おそるべき。ナース彩未

代表 吉岡秀人 テレビ出演/  5月4日 21:00~23:00 毎日放送・TBS系列 「世界の村がアリガトウー命を救うニッポン人!ー」

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5月4日 21:00~23:00
毎日放送・TBS系列
「世界の村がアリガトウー命を救うニッポン人!ー」
に 代表 吉岡秀人が出演する事になりました。

こちらの番組は先月のミャンマーで行なわれた取材や、
今回の東北大震災の支援についても少し取り上げられるかもしれません。
単に活動紹介だけではなく、
今の若い方、日本の方へ強いメッセージを発している番組内容となっているようです。
ぜひ、ご家族皆さんでご覧ください。
               ジャパンハート東京事務局
***************************
ミヤンマー

強く咲く菜の花

強く咲く菜の花
私たちが活動している石巻市渡波に行ってきた。もともと田園風景が広がるのどかなところだ。被災後田んぼや畑に海水が流れ込み、農作物はほぼ壊滅的であった。。この辺も津波の高さは1メートルくらいはあったようだ。
しかし、海水の流れ込んできたところにもいくつかの奇跡が起こった。この菜の花は、海水が流れ込んできたあとでも写真のように咲いた。この畑の持ち主の方は「信じられない」と言っていた。
私がこちらに来てから、いくつか同じような話を聞いた。海水が溜まっていた場所の桜が咲いたり、枯れそうだったネギが青味を増したりなど。不思議な現象だ。

だけど、このような奇跡が地元の方々の心を癒してくれるようだ。
だから私たちもそんな話を聞くと、ついつい嬉しくなる。

荒れ果てた地に、菜の花だけが強く咲いていた。
黄色の色がとても鮮やかに、まぶしく見えた。ナース彩未

ヘルメット

2度目ましての高橋ジャス@仙台ですこんにちは。
こちらでは回数が減ったとはいえまだまだ余震が続いており、
どうやら一部の話ではまた大きな地震がくる可能性もあるとのこと。

そこで、現地で活動するスタッフ自身の安全面も考慮し
万が一の時のために用意したヘルメットが今日仙台に届きました~

それがこちら↓
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これから毎晩枕元に常備ですね
叩いて被ってで身に付けた瞬発力が試されるときがきました



じゃす

プロフィール

ジャパンハート

Author:ジャパンハート
ジャパンハートの東日本大震災の救援医療活動の報告。
日々、リアルタイムで報告します。

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